医療通訳派遣事業に携わって
特定非営利活動法人群馬の医療と言語・文化を考える会
◎課題認識・解決の目標
多文化社会の中で、日本語と異なる母語を持った人々は、社会生活を送るうえで言語上の様々な課題を抱えています。日常の買い物に始まり、行政をはじめとした様々な手続き等まで、多くの困難を乗り越えながら地域の中で生活しています。中でも、特に健康を害し、病院を受診するときには言葉の問題は大きな壁となります。
そこで、当会は群馬県における医療通訳サービスを誰もが利用でき、そして充実したものにしようと活動を始めました。行政や医療機関と連携して、患者や医療従事者が安心して診療できる環境、そして通訳者が通訳しやすい環境づくりを行い、群馬県の医療通訳制度の普及、充実に努め、群馬県で暮らす外国人の暮らしにくさを少しでも解消し、よりよい地域を築くことを目標に活動を行ってきました。
◎過去3年間の取組
<1年目>
〇医療通訳者の派遣業務の適切な運営
・通訳者派遣件数 284件
・通訳者の環境改善→通訳費アップ、通訳するための情報提供、通訳評価の導入
・医療機関への働きかけ→費用負担の導入
〇健康相談等の実施→ 相談会3回、企業訪問4回
〇通訳者研修の実施→ 3回 69人参加
<2年目>
・通訳者派遣件数 291件
・コロナ禍における遠隔通訳の推進→電話通訳の活用35件
<3年目>
〇医療通訳者の派遣業務の適切な運営
・通訳派遣件数 427件
・コロナ禍における外国人患者の負担軽減→患者費用の無料化
・派遣制度の今後の在り方の検討→県との協議の中で21年度をもって県からの受託終了が決定した
〇多言語支援体制の強化→医療通訳以外の一般通訳件数 33件 (通訳可能言語数14)
翻訳件数 57件 (翻訳可能言語数18)
<総括>
この3年間で、医療通訳者の派遣システムが大きく改善されました。通訳者の待遇改善(通訳費の増額)、医療通訳者としての専門能力の向上、医療機関の通訳費用の負担、医療機関との信頼関係の構築(コディネートー制度の確立)などにより、通訳者が安心して通訳出来る環境、医療機関や患者が安心して依頼できる環境が整ってきました。したがって、コロナ禍にかかわらず派遣件数も増え、医療通訳への需要及び必要性が高まり、理解も進んできたと考えており、これは当会が群馬県と協働して行ってきた成果であるといえます。そして、医療通訳を普及してきた効果として、学校、保健センター、児童相談所などの公的機関をはじめ、地域で言語支援を必要とする企業や個人からの通訳、翻訳依頼も増え、当会の通常業務として対応するようになり、地域のなかで多言語支援の中核的存在になったと自負しています。
◎ステークホルダーの変化
〇医療機関、患者等依頼者からの信頼を得たこと
本来医療通訳は、患者の健康や生命にかかわる状況での通訳であり、専門の勉強をした医療通訳者が行うべきものですが、群馬県のように専門通訳者が存在しない中では、ボランティアに頼るしかありません。しかし、ボランティアといえども、医学的、言語的能力に加え、通訳者としての倫理観を備えた通訳者を派遣することが前提です。患者や医療機関から信頼される運営を行うために、当会は研修会の実施、通訳結果の評価の実施等をしっかりと行い、通訳依頼に対応してきました。その結果として、3年目には過去最高の派遣件数となり、他機関からの依頼も増加し、多言語支援団体として認められた存在になってきました。
依頼者との信頼関係をもとに互いの意思疎通を十分に図ることが、地域での活動には何よりも必要です。
〇通訳者との信頼
通訳者にとって、当会(コーディネーター)は唯一頼ることのできる場所です。渋滞で遅れてしまった、患者が来ていない、患者から相談された・・・様々な問題が起こったときに、連絡し、対応をしてもらえる場所です。そして、常に、通訳者の待遇改善や患者の医療情報を伝え、通訳しやすい環境を整えてきました。こういう活動を経て、通訳者との信頼感は育まれ、精度の高い派遣通訳を実践することができたと考えます。仕事を変更してでも依頼に応えてくれる方、1か月の仕事のローテーションを事前に送ってきてくれる方、わざわざ仕事を夜勤にして、昼間時間を作ってくれる方等々、こうした通訳者の存在があって継続できた事業でした。
◎できなかったこと、今後の課題
当会は、医療通訳をはじめとした多言語支援を通して、群馬県を多様な方々が安心して暮らせる地域にしたいという願いをもって活動を開始しました。
NPOができることは限られており、県をはじめとした様々な関係機関と連携しながら、地域のあるべき姿を設計しなければなりませんが、少なくとも当会の主たる活動である医療通訳については、利用しやすい、精度の高い制度にしたいと考え、関係機関に働きかけを行うとともに、適切な派遣方法について、検討を行い、実践してきました。
しかしながら、医療通訳制度の普及、確立には、いまだ多くの検討が必要です。
コロナ禍のなかで、遠隔通訳の必要度が増し、近い将来電話通訳、On Line通訳の活用が主流になると考えられます。特に、群馬県という広域で考える場合、遠隔通訳ならばどこでも、いつでも活用可能です。そして、遠隔通訳では対応の難しい場合、重病の告知、手術前の説明など患者の心理面まで配慮しなければならない場合などは派遣通訳が適当であり、それぞれの状況にあった通訳制度の構築が望まれます。
医療通訳制度の構築は、行政や医療機関の役割であり、NPOは運営面での参画が本来の役割と考えております。医療通訳制度の運営については、いったん21年度を持って終了しましたが、今後は当会がこれまで蓄積した実績、経験を生かして、地域で必要な通訳、翻訳サービスを行いながら、異なった立場で医療通訳制度の維持、充実へ貢献する所存です。
注:本文書は、赤い羽根共同募金 今ある活動を「そだてる」助成 活動成果報告書 から抜粋したものです。